著者:朝倉秋成さん
①本のかんたんな紹介
就職最終面接を控えた六人の大学生が、突如現れた「告発文」をきっかけに、互いの秘密を暴き合う密室心理ミステリー。現代就活社会の闇と人間の本性を描いた群像劇です。
②自分の考えや本への想い
浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』は、単なる密室型の心理ミステリーにとどまらず、現代日本社会が抱える歪みを鋭く映し出す寓話的な作品だと感じた。舞台は、就職活動の最終面接を控えた六人の大学生。彼らの前に現れた一通の告発文がきっかけとなり、互いの秘密を暴き合う密室劇が始まる。この状況設定は、ただのフィクションに思えるかもしれないが、実際の就職活動もまた、似たような密室的構造を持っていると私は感じる。限られた席を巡って、表面上は協調性や仲間意識を装いながら、裏では他者を蹴落とし、自分を売り込むために必要な嘘を積み重ねる。その行為を「仕方のないこと」として正当化する空気が、今の社会には確実に存在している。
特に現代は、SNSやデジタルツールの発展によって、個人の発言や行動が可視化され、過剰に評価・監視される時代だ。この物語の「告発文」が象徴するのは、まさに現代のネット社会における“告発文化”だと感じた。匿名の内部告発や、誰かの過去の発言を掘り返して糾弾する行為は、今や日常的に起きている。その結果、人々は常に誰かの目を意識し、表向きの「良い自分」を演じ続けなければならない。作中の大学生たちも、自分がどう思われているか、どんな印象を持たれているかを常に気にしながら振る舞っており、その姿は現代の若者の縮図そのものだ。
さらに、この作品は“自分の価値”を他者からの評価に委ねざるを得ない現代の構造的な問題も浮かび上がらせている。就職活動は本来、個々の能力や適性を見るべきものだが、実際には「誰と比べてどうか」「どんな顔をしているか」「いかに場を読むか」といった評価基準が支配している。人はいつしか、本当の自分を押し殺し、企業や社会が求める“理想の人物像”に自分を近づけることを無意識に始める。そして、その虚像が内定を勝ち取ったとき、人は自分自身の存在意義を、虚構の人格に預けてしまう。まさにこの物語は、その危うさを鮮やかに描き出している。
告発文ひとつで一気に崩れる人間関係、理想と現実の乖離、表面上の“良い関係”の脆さ。それは、現代社会における職場やSNS、コミュニティなど、あらゆる場面で生じているものと重なる。誰もが何かしらの“嘘”をつきながら生き、誰かに告発されるかもしれない恐怖と背中合わせに生きる現代。この作品は、そうした現代社会の根源的な不安と自己防衛本能を、就活という舞台を借りて巧みに描いている。
読了後、ただ「誰が犯人だったか」では終わらず、「自分も同じ状況に立たされたら、どのような嘘をつくのか」「自分はどんな仮面をかぶって生きているのか」と問われる構造になっている点が秀逸だ。この作品の恐ろしさは、登場人物の誰かが悪いのではなく、それが誰の中にも存在する当たり前の感情だと気づかされることにある。現代を生きるすべての人が、この密室にいる六人と大差ない場所に立っている。その不安と焦燥を巧妙に言語化した点に、本作の社会的な価値があると強く感じた。
③まとめ
現代社会の虚像と競争を描く、鋭い就活心理ミステリー。
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