変な絵

ホラー

著者:雨穴さん

Amazon.co.jp: 変な絵 (双葉文庫) 電子書籍: 雨穴: Kindleストア
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とある奇妙な絵がある。その絵に描かれているのは、日常の光景のようでいて、よく見ると説明できない違和感を孕んでいる。人々はその絵に不気味さを覚えつつも惹きつけられ、やがて絵の秘密を探ろうとする。
物語は、絵にまつわる事件や人々の証言を通じて進み、複数の視点や断片的な記録が積み重なっていく。その過程で「なぜこの絵が恐ろしいのか」「絵に隠された真実は何か」が少しずつ明らかになっていく。
最後に浮かび上がるのは、人の心の奥に潜む恐怖と、絵を通じて広がる狂気の構図である。

雨穴さんの『変な絵』は、近年の日本ミステリー小説の中でも特異な存在感を放つ作品である。
著者はもともとYouTubeなどで独自の怪奇的・不気味な映像作品を発表してきたクリエイターであり、その世界観を小説に昇華させた本作は、映像的想像力と文学的構成力が交錯する稀有な試みと言える。単なるホラー小説でもなければ、純粋なミステリーでもない。その両者の境界を曖昧に横断しつつ、「物語」という装置そのものに読者を絡め取る点に、本作の真価がある。

物語の中核には、タイトル通り「変な絵」が存在する。この絵は、不気味でありながらもどこか人を惹きつける力を持ち、登場人物たちの運命を少しずつ狂わせていく。絵を媒介とした恐怖の広がりは、典型的な怪談的手法を踏襲しているが、巧妙さはそこに「謎解き」の要素を織り込む点にある。つまり、読者は絵が持つ不気味さに怯えつつも、その背後に潜むロジックや真実を探り続けることを強いられるのである。この「恐怖と知的興奮の二重性」こそが、特別な読書体験へと導いている。

特筆すべきは、物語の構造だ。複数の視点や時間軸を組み合わせることで、読者の認識を何度も揺さぶる。登場人物の語りや手記、あるいは絵そのものに刻まれた意味が断片的に提示され、それらが次第に繋がっていく過程は、まるでパズルを解くような知的快楽をもたらす。しかし、その過程で浮かび上がるのは、人間の恐怖や狂気といった暗黒面であり、知的遊戯と心理的恐怖が常に背中合わせで進行する。この構造的な二面性は、雨穴さんが映像作品で培った演出感覚を、小説形式に移植した成果だといえる。

さらに注目したいのは、「不気味さの質」である。それは、血や暴力といった直接的な恐怖ではなく、「説明できない奇妙さ」「じわじわと迫る違和感」によって構成されている。
これは日本的ホラーの伝統の影響を思わせるが、そこに現代的な要素――インターネット文化や匿名性の感覚――を重ね合わせることで、新しい恐怖表現を確立している。
読者は、どこか「現実と地続きの怪異」を感じ取り、物語世界と日常生活の境界が侵食されていく不安を味わう。

ホラーとミステリーを融合させた独自性の高い小説である。物語の中心にある「絵」は、不気味さで人を惹きつけ、登場人物の運命を狂わせると同時に、読者に知的な謎解きの快楽を与える。
著者の映像作家としての感覚を小説に生かし、複数視点や断片的な手法で読者を迷宮に誘い込む。その恐怖は流血や暴力ではなく「説明できない違和感」によって生まれ、日常と非日常の境界を曖昧にしていく。
作品は娯楽小説でありながら、「人はなぜ奇妙なものに惹かれるのか」「見る/見られることの意味」といった哲学的問いも含んでいる。結果として、ただの恐怖体験にとどまらず、読後に不安や余韻を残す文学として成立している。

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