📙総理にされた男 著者:中山七里さん

ミステリー小説
総理にされた男 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
「しばらくの間でいい。総理の替え玉をやってくれませんか」 役者志望のプー太郎・加納慎策は、総理大臣に瓜二つの容姿を生かした精巧なものまね芸で、 近頃人気を博していた。 そんなある日、官房長官に極秘で呼び出された加納は、意識不明に陥っているという総理大臣の「替え玉」を頼まれ……。 国民の声が総理の姿で語られるとき...

売れない舞台役者・加納慎策は、総理大臣・真垣統一郎と容姿がそっくりで物まねも得意という理由から、官房長官・樽見に極秘で呼び出され、総理の“替え玉”を務めるよう依頼される。
真垣は重篤な状態にあり、公の場に出られないという事情を知らされた加納は、政治経験が皆無のまま総理としての公務に就くことになる。議会での答弁や官僚たちとの折衝、野党からの追及、外交案件など、次々と押し寄せる難題に翻弄されながらも、加納は舞台役者としての観察力や表現力を頼りに総理として振る舞い続ける。
しかし、国家的危機や重大事件が重なり、単なる“代役”では済まされない選択を迫られていく中で、彼は自身の役割と責任の重さを理解し、本物の政治の中心に立つことになる。

政治小説でありながら、その読み味は極めて現代的で私たち一人ひとりに「政治とは誰のものか」を突きつけてくる作品である。 本作は、政治を専門家や権力者だけのものとして切り離すのではなく、私たちの生活と地続きの問題として描き出している。

本作で大きなテーマとして浮かび上がるのが「憲法9条」である。
戦争放棄と戦力不保持を掲げるこの条文は、日本の戦後を象徴する存在であり、同時に長年議論の的となってきた。作中では、理想としての9条と、国際社会の現実との乖離が生々しく描かれる。
平和を願う理念は尊い。しかし、周辺国の軍事的緊張や同盟関係を冷静に見渡したとき、「守りたい理想」と「守らねばならない現実」が真正面から衝突する。

この物語を通して強く感じるのは、本の危機に際して、他国が必ず助けてくれるとは限らないという厳しい現実である。最終的に国を守る責任は、自分たち自身が負わなければならない。
そう考えたとき、憲法9条を聖域化するのではなく、現実に即した形へと改正し、自国を自国で守れる体制を整える必要性が浮かび上がる。本作は、9条を単なる賛否の二項対立で語ることの危うさを示しつつ、「考え続けること」そのものを読者に求めている。

さらに本作が描く「今、日本に必要なリーダー像」は非常に示唆的だ。カリスマ性や専門知識が豊富な人物よりも、他者の声に耳を傾け、痛みに共感し、対話を重ねられる人間こそが求められている。主人公は決して優秀な政治家ではないが、だからこそ国民の不安や恐怖を“自分ごと”として受け止める。
その姿は、上から導く英雄型リーダーではなく、横に立ち、ともに悩むリーダー像を鮮やかに浮かび上がらせる。

本書から学び、強く考えさせられたのは、政治は遠い世界の出来事ではなく、私たちの延長線上にあるという事実である。完璧な指導者など存在せず、人が人を率いる以上、迷いや弱さは避けられない。
それでも対話を諦めず、共感を手放さないこと。その積み重ねこそが民主主義を支える。
政治に無関心でいることの危うさと、声を持つことの責任を、これほど分かりやすく突きつける一冊は稀有である。

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