羊と鋼の森

著者:宮下奈都さん

Amazon.co.jp: 羊と鋼の森 (文春文庫) eBook : 宮下 奈都: 本
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ピアノ調律師として生きる道を選んだ青年・外村が、音の奥深さと“聴く”という行為に真正面から向き合いながら、静かに成長していく物語。
森の匂いから始まる音への目覚め、師との出会い、双子の姉妹との交流を通して、彼は「音を整えることは、人の心に触れること」だと学んでいく。
派手な展開はないが、その分、静謐な時間の中に詩のような美しさと深い哲学が流れている。

派手な事件も、強い起伏もない。けれどページをめくるたび、静かな音楽が心の奥で鳴りはじめるような、そんな読書体験をもたらしてくれる作品だ。

主人公の外村は、北海道の山の中に育った高校生。ある日、体育館にあるピアノの調律を目の当たりにし、その音の変化に心を奪われる。まるで「森の匂いがする音」に導かれるように、彼はピアノ調律師になる道を選ぶ

この物語の特異点は、「聴く」という行為に真正面から向き合う姿勢にある。
ただ音程を整えるのではない。ピアノが置かれている場所、弾く人の個性、空気の湿度や季節、奏でたい音のイメージ。すべてを聴き取り、感じ取り、微細な調整を通じて“音楽”へと仕立てていく。
つまり、「耳を澄ますこと」は、そのまま「人の思いに寄り添うこと」なのだ。

心に残るのは、外村が双子のピアニスト姉妹の家を訪れるシーン。
姉妹それぞれの性格に応じて音のニュアンスが異なるピアノに、彼は「どちらが正しい音か」ではなく、「その人にとっての正しい音」を探ろうとする。
正解は一つではなく、人の数だけ音があり、聴き方があるこの姿勢に、心を打たれる。

本作には、目立ったドラマチックな展開はない。だが、だからこそ感じ取れるものがある。
他人の言葉に耳を傾けること、目に見えない想いを汲み取ること、自分の未熟さに正直であること。
そうした「静かな努力」が、いかに尊く、温かいものかをじんわりと教えてくれる。

この物語を読み終える頃、きっとあなたは周囲の音に少しだけ敏感になっているだろう。
誰かの言葉に、仕草に、沈黙に、耳を澄ませたくなっているかもしれない。
音を整える物語でありながら、人と人との関係をも静かに調律する一冊。 
日々の喧騒に疲れたあなたにこそ必要な、心の深呼吸になる物語だ。

ピアノ調律師として生きる青年が、音を“聴く”ことを通して他者と向き合い、自分自身も成長していく物語です。音の背後にある思いに耳を澄ませる姿は、人の心に触れる優しさに満ちています。静かな時間の中で、丁寧に人と向き合うことの豊かさを教えてくれる一冊です。

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