①本の簡単な紹介
高齢者介護施設で起きた不可解な連続殺人事件。逮捕された介護士・斯波宗典(しばむねのり)は、40人以上の老人を殺めたとされながら、自らの行為を「救済=ロストケア」だと主張する。彼が関わった家族は皆、過酷な在宅介護に疲れ果て、心身ともに限界に達していた。彼は彼らの苦しみを終わらせたと言うのだ。事件を追う検事・大友は、法で裁くべき“殺人”と、介護の現実に押し潰された家族の姿の間で揺れ動く。彼は残酷な殺人鬼なのか、それとも社会の歪みが生んだ「もうひとつの正義」なのか。少子高齢化と介護崩壊という日本の現実を背景に、正義と救いの境界が崩れゆく様を描く物語である。
②自分の考えや本への想い
この小説は、単なる犯罪小説でも、社会派ミステリでもない。
この作品はむしろ、少子高齢化という国家的課題の裏側に潜む“見たくない現実”を真っ向から突きつける、極めて鋭利で、人間的な物語である。
物語の中心にいるのは、老人介護の現場で起きた連続殺人事件の容疑者・斯波と、彼を追及する検事・大友。彼らの対立が見事なのは、どちらにも“正しい”理由があることだ。
斯波は確かに老人を殺めた。
しかし、その行為を単純に「悪」と切り捨てられない事情が、淡々と、しかし重く描かれていく。
家庭内介護によって人生を壊された家族。
24時間眠れず、暴力を受け、精神がすり減っていく介護者。
もう誰も耐えられない――そんな極限状態で、斯波は“救済”をしていた、と語る。
ここで、思わず言葉を失う。
殺人がなぜ“救い”になるのか。
しかし、その問いは、実は現代日本が抱える矛盾そのものなのだ。
介護者の負担は限界を超えている。
施設は足りない。
職員は疲弊している。
家族は孤立し、社会保障は追いつかない。
誰もが知っているのに、誰も直視したくない日本の「介護地獄」。
この実態が、物語の血肉としてリアルに描かれている。
だからこそ、読者に対し残酷な問いを突きつける。
「もしあなたの大切な家族が、介護で人格が壊れ、誰も救えなくなったら――あなたはどうするのか?」
斯波の行為を糾弾すればするほど、読者は自分の中にある曖昧な倫理観と向き合わされる。
一方、検事・大友もまた苦悩する。
法を守る立場として斯波を裁かなければならない。しかし、彼自身も家族の介護に疲れている。
「正義」を語る資格が、果たして自分にあるのか。その葛藤が、作品に深い陰影を与えている。
この作品が凄まじいのは、どちらの正義も否定できず、しかしどちらも完全ではないという地点に読者を連れていく点だ。
斯波の行為は許されない。
だが、彼を生み出したのは他ならぬ、この国の介護システムの崩壊であり、社会の無関心である。
読後、静かに胸を掴まれて離れないのは、
「これはフィクションではなく、日本で今日も起きている現実だ」
という事実を突き付けられるからだ。
もし誰かが限界で壊れるその瞬間、手を差し伸べる仕組みも人もいなかったら。
もしあなた自身が、介護する側・される側になったら。
『ロストケア』は、それを“遠い問題ではない”と容赦なく突きつける。
これは、痛い。
しかし、現代の日本に生きるすべての人が、いつか必ず向き合わなければならないテーマだ。
だからこそ、この物語は読む価値がある。
いや、読まずにはいられなくなる。
静かに、しかし確実に心の奥をえぐり、
「命をどう扱うか」「介護とは何か」「正義とは何か」を考えざるを得なくなる。

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