📙嗤う淑女

ミステリー小説

https://amzn.to/49uPSZI

著者:中山七里さん

本当に怖いのは、悪人ではなく“自分の中の欲望”かもしれない

『笑う淑女』は、中山七里作品の中でも特に後味の悪いサイコサスペンスだ。

殺人事件が起きるミステリーは数多くある。しかし本作の恐ろしさは、犯人がナイフを振るうことでも、派手な犯罪を行うことでもない。

人は、自分の意思で破滅していく。

そして、その背中をほんの少し押すだけの存在がいる。

それが蒲生美智留という女性だ。

美しく、聡明で、人心掌握に長けた美智留は、自ら手を汚さない。

違法なことをするわけでもない。
誰かに命令するわけでもない。

ただ相手の話を聞き、その人自身も気づいていない欲望や不満を見抜き、言葉を投げかける。

「本当にそれで満足なの?」

その一言が、人の人生を狂わせていく。

本作は章ごとに視点人物が変わる構成になっている。

平凡な人生に不満を抱く女性。
夫婦関係に悩む女性。
真相を追う弟。
事件を調査するジャーナリスト。

彼らは皆、美智留と出会うことで人生の歯車を狂わせていく。

だが、美智留は何もしていない。

少なくとも表面上は。

彼女は相手の願望を否定しない。
むしろ肯定する。

もっと認められたい。
もっとお金が欲しい。
もっと幸せになりたい。

そんな誰もが持つ承認欲求や欲望を引き出し、少しずつ大きくしていく。

まるで心の中にある小さな火種に酸素を送り込み、燃え上がらせるように。

だから恐ろしい。

彼女は人を騙すのではない。

人が元々持っていた欲望を、自ら制御できないほど大きくしてしまうのだ。

本作を読んでいて怖いのは、登場人物たちを笑えないことだ。

彼らは特別な人間ではない。

もっと評価されたい。
もっと豊かになりたい。
もっと幸せになりたい。

誰もが一度は抱いたことのある感情ばかりである。

だから読者は彼らの転落を見ながらも、「自分なら大丈夫」と言い切れない。

むしろ読み進めるほどに思う。

もし蒲生美智留が目の前に現れたら、自分は正気を保てるだろうか。

自分の努力を認めてくれて、
自分の苦しみを理解してくれて、
自分の可能性を信じてくれる。

そんな人物が現れたとき、人はどこまで冷静でいられるのだろう。

美智留の恐ろしさは、人を支配することではない。

相手に「自分の意思で選んだ」と思わせながら、望む方向へ導いてしまうことにある。

美智留の人物像は、一般的なサイコパス像とも少し違う。

人を憎んでいるわけでもない。
復讐したいわけでもない。
金銭欲に支配されているわけでもない。

彼女にとって他人は、人間観察の対象に近い。

欲望に負ける人。
嫉妬に飲まれる人。
承認欲求に支配される人。

その姿を眺めることに興味を持っている。

だから善悪の価値観では測れない。

人を破滅させるのは悪人ではなく、自分の中にある欲望や承認欲求なのかもしれない。

そんな不安だ。

美智留はその欲望を映し出す鏡に過ぎない。

■中山七里作品

コメント

タイトルとURLをコピーしました