著者:中山七里さん
本当に怖いのは、悪人ではなく“自分の中の欲望”かもしれない
『笑う淑女』は、中山七里作品の中でも特に後味の悪いサイコサスペンスだ。
殺人事件が起きるミステリーは数多くある。しかし本作の恐ろしさは、犯人がナイフを振るうことでも、派手な犯罪を行うことでもない。
人は、自分の意思で破滅していく。
そして、その背中をほんの少し押すだけの存在がいる。
それが蒲生美智留という女性だ。
美しく、聡明で、人心掌握に長けた美智留は、自ら手を汚さない。
違法なことをするわけでもない。
誰かに命令するわけでもない。
ただ相手の話を聞き、その人自身も気づいていない欲望や不満を見抜き、言葉を投げかける。
「本当にそれで満足なの?」
その一言が、人の人生を狂わせていく。
本作は章ごとに視点人物が変わる構成になっている。
平凡な人生に不満を抱く女性。
夫婦関係に悩む女性。
真相を追う弟。
事件を調査するジャーナリスト。
彼らは皆、美智留と出会うことで人生の歯車を狂わせていく。
だが、美智留は何もしていない。
少なくとも表面上は。
彼女は相手の願望を否定しない。
むしろ肯定する。
もっと認められたい。
もっとお金が欲しい。
もっと幸せになりたい。
そんな誰もが持つ承認欲求や欲望を引き出し、少しずつ大きくしていく。
まるで心の中にある小さな火種に酸素を送り込み、燃え上がらせるように。
だから恐ろしい。
彼女は人を騙すのではない。
人が元々持っていた欲望を、自ら制御できないほど大きくしてしまうのだ。
本作を読んでいて怖いのは、登場人物たちを笑えないことだ。
彼らは特別な人間ではない。
もっと評価されたい。
もっと豊かになりたい。
もっと幸せになりたい。
誰もが一度は抱いたことのある感情ばかりである。
だから読者は彼らの転落を見ながらも、「自分なら大丈夫」と言い切れない。
むしろ読み進めるほどに思う。
もし蒲生美智留が目の前に現れたら、自分は正気を保てるだろうか。
自分の努力を認めてくれて、
自分の苦しみを理解してくれて、
自分の可能性を信じてくれる。
そんな人物が現れたとき、人はどこまで冷静でいられるのだろう。
美智留の恐ろしさは、人を支配することではない。
相手に「自分の意思で選んだ」と思わせながら、望む方向へ導いてしまうことにある。
美智留の人物像は、一般的なサイコパス像とも少し違う。
人を憎んでいるわけでもない。
復讐したいわけでもない。
金銭欲に支配されているわけでもない。
彼女にとって他人は、人間観察の対象に近い。
欲望に負ける人。
嫉妬に飲まれる人。
承認欲求に支配される人。
その姿を眺めることに興味を持っている。
だから善悪の価値観では測れない。
人を破滅させるのは悪人ではなく、自分の中にある欲望や承認欲求なのかもしれない。
そんな不安だ。
美智留はその欲望を映し出す鏡に過ぎない。
■中山七里作品



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