📙星の子

ヒューマン系

著者:今村夏子さん

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主人公は中学生の少女・ちひろ。彼女の両親は、幼い頃に病弱だったちひろを救いたい一心で、
ある“宗教的な団体”へ深く傾倒していく。
その団体では、”特別な水”のようなものが信仰されている。両親はそれを本気で信じ、高額な商品を買い続け、少しずつ社会や親族から孤立していく。
周囲から見れば、明らかに異様だ。
けれど、ちひろにとってはそれが“普通の家庭”だった。

本作が恐ろしいのは、そこに悪意がないことだ。両親は娘を心から愛している。ちひろを助けたい、幸せにしたい。その一心で信仰へとのめり込んでいった。だからこそ簡単には否定できない。
「愛しているからこそ間違ってしまう」――そのやるせなさが、本作全体に静かに漂っている

物語は終始、ちひろの視点で淡々と進んでいく。今村夏子特有の、感情を大きく説明しない乾いた文章。その静けさが、逆に強烈な不穏さを生み出している。
その感覚は、『むらさきのスカートの女』にも通じるものがある。あちらもまた、明確に”異常です”とは語られない。だからこそ読者は、自分がどの瞬間から“普通”を見失っていたのか分からなくなる。気づけば、常識の輪郭が静かに侵食されているのだ。
『星の子』でも同じように、ちひろ自身は自分の家庭を特別おかしいとは思っていない。むしろ、愛されて育っている実感がある。だからこそ、学校や社会の中で少しずつ浮き彫りになっていく“ズレ”が痛々しい。

友人の視線。
教師の戸惑い。
親族との距離感。

ちひろも徐々に周囲と自分との違和感を感じ始めている。けれどちひろは、親を嫌いになれない。
愛されていることを知っているから。。。
本作の苦しさは、「愛されていない子ども」の話ではなく、「愛されているのに苦しい子ども」の話であることだ。
もし親が明確な虐待者なら、もっと簡単に切り離せたかもしれない。しかしちひろにとって両親は、優しく、自分を大切にしてくれる存在でもある。だからこそ、“普通”とのズレに気づき始めたとき、彼女はどこへも逃げられなくなる。

本作が優れているのは、単純に「宗教は悪だ」と描かない点にある。
実際、信仰そのものは人を支える力にもなる。苦しいときに救いになり、生きる支えや幸福感につながることもある。病気の娘を前に苦しんでいた両親にとって、その信仰は確かに“救い”だった。
しかし問題なのは、一つの考えにのめり込みすぎてしまうことなのだ。

社会との関係を断ち、生活が苦しくなっても教えを優先する。周囲の声を拒絶し、「自分たちだけが正しい」と信じ始める。その瞬間、信仰は心を救うものから、人を閉じ込めるものへ変わっていく。
どれほど善意から始まったとしても、一つの価値観だけを絶対視した瞬間、人は簡単に視野を失ってしまう。

そして恐ろしいのは、その“普通”が環境によって簡単に変わることだ。閉じた世界の中では当たり前だったルールも、一歩外へ出れば通用しない。けれど、その世界しか知らなければ、人は疑うことすらできない。

そしてラストでも、本作は明確な答えを提示しない。ちひろは家庭を完全に捨てるわけでも、信仰を全面否定するわけでもない。
「愛されている」という実感。
「でもどこかおかしい」という違和感。
その間で揺れ続けたまま、物語は静かに終わっていく。
けれど、その“答えの出なさ”こそが妙にリアルだ。家族とは簡単に切れるものではない。愛情は、時に救いであり、呪いにもなる。
「人はなぜ何かを信じずにはいられないのか」。。。

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